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前橋地方裁判所 昭和63年(わ)466号 判決

本店所在地

群馬県邑楽郡大泉町大字上小泉二五八八番地

株式会社中村電線工業

(右代表者代表取締役 中村元)

本籍と住居

群馬県邑楽郡大泉町大字上小泉二六〇三番地

会社役員

中村元

昭和一六年一月二七日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官蝦名俊晴出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人株式会社中村電線工業を罰金四〇〇〇万円に、被告人中村元を懲役一年六月に処する。

被告人中村元に対し、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社中村電線工業(以下、被告会社という)は、群馬県邑楽郡大泉町大字上小泉二五八八番地に本店を置き、電気機器部品加工請負・販売等を営業目的とするもの、被告人中村元は、被告会社の取締役で被告会社の実質的経営者として業務全般を統括していたものであるが、被告人中村元は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、

第一  架空仕入や架空外注費を計上するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和五八年九月一日から昭和五九年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一億八三万七七五四円であったにもかかわらず(別紙1修正損益計算書参照)、昭和五九年一〇月三一日、群馬県館林市仲町一一番地一二号館林税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の総所得金額が六三〇万七九三一円で、これに対する法人税額が一七五万四四〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額四二四二万二五〇〇円と右申告税額との差額四〇六六万八一〇〇円(別紙2税額計算書参照)を免れ、

第二  被告会社の税務書類の作成、税務申告等を担当していた税理士山崎昭と共謀のうえ、架空仕入や架空外注費を計上するなどの方法により所得を秘匿したすえ、

一  昭和五九年九月一日から昭和六〇年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一億六二九〇万四六三三円であったにもかかわらず(別紙3修正損益計算書参照)、昭和六〇年一〇月三一日、前記館林税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の総所得金額が八九二万四九二八円で、これに対する法人税額が二五〇万二六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額六九二三万二五〇〇円と右申告税額との差額六六七二万九九〇〇円(別紙4税額計算書参照)を免れ、

二  昭和六〇年九月一日から昭和六一年八月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が七三六二万八五七七円であったにもかかわらず(別紙5修正損益計算書参照)、昭和六一年一〇月三一日、前記館林税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の欠損金額が八五七万八八四円で、これに対する法人税額がない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額三〇五七万七四〇〇円(別紙6税額計算書参照)全額を免れ、

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人中村元の当公判廷における供述

一  被告人中村元の検察官(昭和六三年九月六日、同年一〇月六日、同月二〇日-第一回と第二回-付)及び大蔵事務官(一〇通)に対する各供述調書

一  被告人中村元作成の提出書

一  永島みや(昭和六三年一一月二一日付)、今井信昭、前島律子、真下尚久、中村五郎の検察官に対する各供述調書謄本

一  今井信昭(二通、一通は謄本)、前島律子(二通、一通は謄本)、天谷照光(謄本)、井坂弘子(謄本)、渡部賢(謄本)の大蔵事務官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の昭和六三年六月二〇日付捜査報告書、「原材料仕入高調査書」、「外注費調査書」、「給料手当調査書」、「雑給調査書」、「広告宣伝費調査書」、「交際接待費調査書」、「雑費調査書」、「受取利息調査書」、「交際費の損金不算入額調査書」、「事業税認定損調査書」、「欠損金調査書」、「その他所得調査書」と各題する書面、「現金預金印章等確認書」、「現金印章等確認書」、「現金預金貴金属等確認書」「預金等確認書」、「預金確認書」(三通)と各題する書面及び写真撮影てん末書(二通)

一  検察事務官作成の電話聴取書

一  館林税務署長作成の証明書

一  登記官作成の登記簿謄本

判示第一の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書及び修正損益計算書(いずれも昭和五九年八月期分)

判示第二の各事実につき

一  被告人の検察官に対する昭和六三年一〇月一一日、同月二〇日(第三回)、同年一一月一八日付各供述調書

一  永島みや(昭和六三年一一月二三日、同月二六日付)、中村みどり(二通)、松本一美(二通)、前原一栄(二通)、渋谷豊、関口國志郎、山崎昭(七通)の検察官に対する各供述調書謄本

判示第二の一の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書及び修正損益計算書(いずれも昭和六〇年八月期分)

判示第二の二の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書及び修正損益計算書(いずれも昭和六一年八月期分)

(補足説明)

弁護人は、被告人中村元に関する判示第一の事実について、当時の被告会社においては、同被告人は営業面を担当していただけであって、経理面は同被告人の実母の中村きみが専属的に担当していたため、同被告人は被告会社の経理状況は全く把握していなかったし、まして被告会社が法人税をほ脱していることについては、認識を欠いて、全く知らなかったのであるから、同被告人は判示第一の事実については無罪である旨主張し、同被告人も当公判廷においてこれに沿う供述をしているので、以下当裁判所の判断を摘記しておくこととする。

関係証拠を総合すると、被告人中村元の実母である中村きみは昭和六〇年九月一七日死亡しているが、右死亡の以前の被告会社に関する経理面は中村きみが担当しており、同被告人は営業面に専念して経理面は担当していなかったことが認められるものの、同被告人の叔父であり、中村きみの実弟である今井信昭の供述によると、同人は、中村きみから依頼されるままに、昭和五八年ころから架空の領収書を作成して毎月これを中村きみに届けていたうえ、中村きみが死亡した後も同様に定期的に架空の領収書を作成しては同被告人に届けていたというのであり、同被告人においてはこれを格別異議もとどめずに受領していたというのであるから、同被告人においてはこのような架空領収書が被告会社の経理処理に利用されていたことを知っていたと推認できること、同被告人の親友であるとともに、被告会社の関連会社である株式会社サーモテックの経営者でもある渋谷豊の供述によると、同人は、昭和五六年ころから、中村きみに依頼されて、架空の納品書や領収書を作成しては交付していたほか、昭和六〇年二月ころにも株式会社サーモテックの税務調査があった際、被告会社のために領収書を作成して交付していたというのであるところ、同被告人と右渋谷との関係等に照らすと、そのような経理処理がされていることは同被告人においても十分に承知していたと窺われること、被告会社のパート勤務者である井坂弘子の供述によると、昭和五三年ころから昭和五九年八月ころまでの間、同被告人の指示により、架空の名前と本名の二つのタイムカードを使用していたことが認められるほか、被告会社の総務担当者の天谷照光の供述によると、昭和五九年八月ころ、同被告人の指示により、被告会社のパート勤務者の給与やボーナスのうち一部を架空の外注費により捻出した資金から支払うことにしたから、架空の名前を使用して外注費の請求書と領収書を作成するようになったというのであり、このような経理処理については同被告人が主導的に行っていたと窺われることから、同被告人が経理面には全く関与していなかったというのは到底信用できないと思われること、株式会社松坂屋上野店熊谷出張所に勤務する渡部賢の供述によると、被告人中村元の家族に金インゴットや白金インゴット等を販売しているが、右松坂屋の帳簿や伝票類の関係ではこの販売の形跡が残らないように工夫していたというほか、同被告人や中村きみの依頼により、被告会社の経費を落とすための架空の請求書や領収書を要求されるままに、これら架空の書類を作成、交付していたが、昭和五九年一月以降の分についてそのような書類が確認できたというのであり、これも架空の経費を計上するという経理処理を同被告人自身も十分に承知して行っていたことを窺わせるものであり、これも同被告人が経理面には全く関与していなかったという同被告人の前記弁解の虚偽性を示すものと思われること、また、関係証拠によると、昭和六二年六月九日被告人中村元方の捜索が行われた結果、巧妙に隠匿された多額の現金等が発見されたが、その一部には、昭和五六年七月の帯封のある現金三〇〇万円、昭和五九年二月の帯封のある現金三〇〇万円、同年八月の帯封のある現金五〇〇万円があったところ、同被告人がこれら現金がいわゆる被告会社の脱税により取得されたものであることを認識していたと思われるのであり、そうすると、同被告人は相当以前から被告会社の脱税による資産形成がなされていることを承知していたと思わざるをえないところである。更に、被告人中村元は、自身の手で、被告会社の各年度分の確定申告書に署名押印をしていたのであるから、その記載内容については十分に了解しているものと思われるが、同被告人は営業面の責任者であって、被告会社の業績等については完全に把握しているはずであるうえ、経理面についても中村きみの相談に応じていた形跡が窺われ、同被告人は被告会社の経理面についても相当に知識を有していたと思わざるをえないところである。

このような点についての被告人中村元の捜査官に対する供述を検討すると、同被告人は、七、八年前から中村きみに「架空の仕入先を作って経費を水増ししている。」と聞かされていたし、同人から経理面での相談も受けていたので、架空交際費や架空広告費をも計上して経費を増やして被告会社の所得をごまかしていたことは知っていた旨供述しているほか、被告会社が脱税していることについては昭和五五年ころから気付いていたし、昭和五九年八月期の決算については、申告額は六三〇万円位であったが、実際の利益は一億円位はあると思っていた旨供述していること、同被告人の指揮のもとに、昭和五八年ころから、架空外注費を計上するなどして、パート勤務者について簿外の給与等を支払うという経理面の不正を行っていたことを認めていること、昭和五九年一月分以降前記渡部賢に依頼して全くの架空の領収書等を受け取り、これを交際費として不正に計上する経理操作をしていたことを認めていること、金や白金のインゴットについても、きみが、被告会社の資金により、前記渡部を介して、毎年二、三本ずつ購入していたことを認めるとともに、同被告人もこれを承知していたことを認めていること、被告会社は実際には高額の利益を出していたが、確定申告の際には利益が少ないように装っていたので、自宅には現金がどんどん溜まり、昭和五九年一〇月ころには、自宅には現金が約五〇〇〇万円あることを確認しているし、昭和六〇年一〇月ころには現金が約七五〇〇万円あることを確認していると供述するとともに、昭和六二年九月自宅から発見された一億八〇〇〇万円以上の現金についても、これが被告会社の不正な経理操作により捻出されたものである旨供述していること、また、関与税理士の山崎昭に対しては正規の顧問料や手数料を支払っているのに、昭和五七年四月ころ、被告会社の税務調査が実施された際、中村きみから山崎に現金三〇〇万円を届けるように指示され、「現金を届けないと決算してくれないし、被告会社が潰れる。」旨聞かされたと供述するのであり、要するに、山崎の指導下で被告会社の不正な経理操作による脱税が行われていたことをきみから告白されたということになるうえ、同被告人自身、昭和六〇年一〇月二八日ころ、山崎から、「今期は四〇〇〇万円位被告会社では利益が出ている。」と説明されたが、そんなに被告会社が利益を出せば半分位は税金になると考え、「何とか一〇〇万円台にして下さい。」と依頼した旨供述している。

以上のような事実関係に照らすと、被告人中村元は、昭和五九年一〇月の相当以前から、被告会社の経理面に関して不正な操作が行われて、正規の法人税額以下の法人税しか申告、納税されていなかったことを十分に承知していたにもかかわらず、そのような不正経理操作による内容虚偽の法人税確定申告書を記載して提出していたと認めるに十分であり、同被告人が判示第一の昭和五九年八月期分の法人税のほ脱については全く知らなかったとするのは甚だ信用性に乏しく、他に右認定を動かすに足りる信ずべき証拠はないから、同被告人が判示第一の犯行を敢行したことを優に肯認することができ、弁護人の所論は失当というべきである。

(法令の適用)

一  判示各所為 いずれも各事業年度ごとに法人税法一五九条一項(判示第二の各所為については更に刑法六〇条)(被告人中村元)

いずれも各事業年度ごとに法人税法一六四条一項、一五九条一項、二項(被告会社)

一  刑種の選択 所定刑中懲役刑を選択(被告人中村元)

一  併合罪の処理 刑法四五条前段、四八条二項(被告会社)

同法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も犯情の重い判示第二の一の罪の刑に法定の加重)(被告人中村元)

一  執行猶予 同法二五条一項(被告人中村元)

(量刑の事情)

本件は、電気機器部品の製造等を販売目的とする被告会社の実質的経営者である被告人中村元が、単独であるいは税理士山崎昭と共謀のうえ、敢行した脱税の案件であるが、かかる行為が租税の公平な負担を損なうとともに、租税収入を減少させることにより、国家の財政基盤を危うくする悪質な事犯であることは明らかというべきであるところ、同被告人は、本件犯行の動機について、被告会社が多額の利益を上げていることを取引先が察知すると製品単価の値引を要求される虞があったことと、将来の不況に備えたものである旨弁解するのであるが、所詮は不正な行為により同被告人や被告会社の利益を図ったに過ぎず、格別酌むべき事由に乏しいし、また、犯行の態様等を検討すると、不正に作出、取得した領収証等を使用して、架空の仕入や外注費を計上し、被告会社の利益を圧縮するという巧妙な方法等を用いており、東京に架空の銀行口座を設定するなどしていること等をも併せると、犯情は悪質であり、ほ脱所得額、ほ脱税額ともに極めて高額であるとともに、ほ脱税率も極めて高率であること、相当期間にわたって継続して敢行されていた形跡が濃厚であること、種々の証拠隠滅工作の跡も窺われること等を考慮すると、同被告人の刑責は相当に重いというべきであるし、被告会社についても相当に厳しい態度で臨まざるをえないところである。

しかしながら、被告会社については修正申告が行われて、全額の納税が完了していること、判示第二の各犯行に関しては、山崎税理士の類例を見ない執拗な指示等があったことが窺われるとともに、同税理士が犯行による利益の一部を手中に収めていることが窺われ、通常の脱税の事案とは異なる色彩も帯びていること、同被告人は、このような不正行為を繰り返す同税理士と絶縁するために、本件脱税が発覚することもやむなしと決意し、同税理士を告発するとともに、同税理士との顧問契約を解除して、被告会社の杜撰な経理事務を改善し、新たな税理士の指導のもとに再発防止策を講じていること、本件犯行が一般に発覚したことにより、同被告人や被告会社の信用が失墜し、被告会社の業績も著しく悪化するなどしていること、同被告人が本件の非を反省する旨供述していること、その他同被告人や被告会社に有利な諸般の事情を勘案して、主文のとおり処することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 大渕敏和)

別紙1 修正損益計算書

自 昭和58年9月1日

至 昭和59年8月31日

〈省略〉

製造原価

〈省略〉

販売費及び一般管理費

〈省略〉

別紙2 税額計算書

自 昭和58年9月1日

至 昭和59年8月31日

〈省略〉

別紙3 修正損益計算書

自 昭和59年9月1日

至 昭和60年8月31日

〈省略〉

製造原価

〈省略〉

販売費及び一般管理費

〈省略〉

別紙4 税額計算書

自 昭和59年9月1日

至 昭和60年8月31日

〈省略〉

別紙5 修正損益計算書

自 昭和60年9月1日

至 昭和61年8月31日

〈省略〉

製造原価

〈省略〉

販売費及び一般管理費

〈省略〉

別紙6 税額計算書

自 昭和60年9月1日

至 昭和61年8月31日

〈省略〉

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